下甲立村(読み)しもこうたちむら

日本歴史地名大系 「下甲立村」の解説

下甲立村
しもこうたちむら

[現在地名]甲田町下甲立

上甲立村の北東可愛えの川西岸に位置し、東は三次みよし上川立かみかわたち(現三次市)に接する。「芸藩通志」に「広廿二町、袤三十二町、西北山を負ひ、東南は川に面す、村中平田あり、民産工商浮業あり」とある。雲石路が縦貫する。「和名抄」所載の川立郷の地で厳島社領であったが、中世後期には関東から下向した宍戸氏の領知するところとなった。村内には宍戸氏一門の墳墓寺院屋敷跡が多い。

元和五年(一六一九)の安芸国知行帳では五一二・七石が記されるが、「国郡志下調書出帳」では六七八・五五石(七六町一反余)に増え、内訳は田方五三町九反余で五八五・七一五石、畠方二一町七反余で八五・七九一石、屋敷四反余で七・五石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む