デジタル大辞泉 「観念」の意味・読み・例文・類語
かん‐ねん〔クワン‐〕【観念】
1 物事に対してもつ考え。「時間の
2 あきらめて、状況を受け入れること。覚悟すること。「もうこれまでと
3 哲学で、人間が意識の対象についてもつ、主観的な像。表象。心理学的には、具体的なものがなくても、それについて心に残る印象。
4 仏語。真理や仏・浄土などに心を集中して観察し、思念すること。観想。
[類語](1)概念・理念・思想・思い・考え・思念・
元々は①の意味の仏教用語であったが、中世以降、②の意味に転じ、日常的に使用されるようになった。明治期に入ってから、西周が、④の挙例「生性発蘊」において、「観念」を仏語と意識しながら英語 idea の訳語にあててから、哲学上の新しい意味を持つようになり、定着した。
ギリシア語のイデアideaに由来する英語のアイディアideaやドイツ語のイデーIdeeに相当する語(ただし,ドイツ語のイデーは〈理念〉と訳されて,特別の意味をもつことがある)。イデアは元来,見られたものごとの形,姿などの経験的,具象的な対象を意味した。しかし,プラトンによって,それは経験的な個物を超越した不変,永遠の存在の意味を負わされるに至った。イデアには数学的対象や今日一般に抽象概念と呼ばれるものも含まれるが,とくにプラトンでは倫理的概念が重視され,その頂点に位するのが万人の究極的に追求すべき善のイデアとされることによって,イデアは同時に理想,理念の意味をも担う。また,イデア的な存在を重視する哲学が,いわゆる観念論の重要な一形態とみなされるゆえんもプラトンにある。プラトンの伝統をひく古代ギリシア末期の新プラトン派では,イデアは万物の流出と創造の根源となる一者(to hen,絶対者)の精神の中に永遠に存在する,万物の原型の意味を持つに至った。また,中世思想においても,それは唯一絶対の創造主である神の中の諸物の原型と考えられた。この種の超越的で非経験的なイデアの意味が逆転し,再び人間の精神の直接の対象として経験的,具体的な存在を意味するようになったのは近世哲学においてである。たとえばデカルトは観念に次の3種を区別した。第1は,人が先天的に所有している生得的,あるいは本有的な観念(生具観念)であり,公理的な諸真理,因果など,とりわけ神の観念がそれである。第2は,外来的,つまり外部から必然的に受容を迫る形で感覚に入ってくる熱,音などの観念であり,第3は,仮想的,つまり半神半魚の女神のように想像や空想が作り出した対象である。以上から明らかなようにデカルト的観念の重要な一部は先天的に存在し,しかも,その内容は形而上学的性格を持つもので,とくに神の観念が含まれることによって神の存在の本体論的証明に活用されていた。そして一般に,理性論の哲学では形而上学などでの重要な観念は先天的観念として認められていた。
観念を真に経験的な意味での人知の対象へと徹底させたのは近世におけるイギリス古典経験論であった。ロックは人間の知識や信念の可能性,限界を探究するという,認識論,知識哲学の創始者となったが,それには精神の直接の対象である観念の探究が必要であるとして,観念の博物学,観念理論と呼ばれる方法を唱導した。ロックの観念はおよそ心の対象となるすべてのものをいう最広義の存在で,概念をも含んでいたが,ロックは観念の発生源上の分類として,感覚と反省の2種を区別した。感覚の観念とは五官が外部からうけとる色,味,におい,寒熱などや形,運動などの観念であり,反省の観念とは人がみずからの心を省みることによって得られる,心の機能や感情の観念である。この区分にロックはさらに単純と複合の区分を交差させる。単純観念とはもはやそれ以上に分割されない究極の単位で,複合的なそれは,単純観念からの合成によって成立し,単純観念へと解体される観念をいう。ロックはどれほど崇高で複雑,抽象的な観念もすべて感覚,反省の二つの窓口を通じて得られた単純観念に由来すると述べて,デカルトの認めた生具観念を否定し,経験論の立場を積極的に表明した。
しかし,複合観念という合成説の構想は,認識の発生的始源と知識の論理的単位との混同による要素心理学的錯誤の源泉ともなった。だが経験的観念の理論によって,実体などの観念もさまざまな経験的単純観念の複合体以外には考えられなくなり,それらの背後にあって統一を与える基体といった伝統的実体概念は批判されるに至る。
ロックの観念の用法や考え方は,概念の意味は除いてバークリーにも継承された。バークリーは能動的作用としての精神とその唯一の対象である観念のみを認めて抽象観念を批判し,とりわけロックでは妥協的に許容された物体的実体を徹底的に排除した。しかし,他方で彼は精神を唯一の実体と認め,しかも究極的にはそれを神と考えて被造物によって知覚されていないときの観念の原型を神の心の中に永遠に存在するとみる,新プラトン派的な万有在神論の一面をも見せた。バークリーに続くヒュームは,心の対象を知覚と命名し,それを印象と観念とに二分したが,前者は外的感覚から得られた直接の与件であり,後者は記憶,想像におけるその再生であるが,さらに,前者から直接的にか,後者から間接的に心の中に生じるのが反省の印象だとする。観念と印象との差は力と生気の点で後者が前者にまさることに求められる。ヒュームはバークリーの不整合を矯正し,物体的実体のみならず精神的実体をも〈知覚の束〉と規定した。観念的存在を基本とする哲学は一般に経験論,実証主義的傾向を示し,種々の変形をうけて現象学や現代論理実証主義などにも継承された。他方,観念に相当する現象とその背後の物自体という考え方はカントに継承され,また,理性論的で形而上学的な観念の理論はドイツ観念論の発展に示されている。
→イデー →概念 →表象
執筆者:杖下 隆英
仏教語としては真理や仏名や浄土などに心を集中し,それを観察して思い念ずること。仏教ではもともと三昧(さんまい)を追求することが基本となっている。三昧とは禅定(ぜんじよう)ともいわれ,心を集中して心が安定した状態に入ることである。禅定の追求が継承されていくなかでその方法が具体的に形成されることとなり,観仏・観法などの修行の仕方が明らかにされていく。観仏とは,釈迦や阿弥陀などの仏のすがたやその功徳(くどく)を心に思い浮かべて禅定に入っていくことで,観法とは,心を集中し真理を心に思い浮かべて,それを観察し念ずることである。観念とは,このように,禅定の方法が中国・日本において,具象的なものをふまえて,微妙に変化したものといえよう。
執筆者:渡辺 宝陽
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
人間があるものについて心中にもつ表象を指示する用語。一般的には、感覚的あるいは空想的表象から理性的、知的表象にまで及ぶ広い範囲の表象一般、あるいはそのいずれかをさすものとして使われる。哲学の術語としては、感覚的あるいは感性的表象に対立するものとして、知的表象ないしは概念、さらにはその複合体を意味するのが本来の用法である。
[坂部 恵]
近代ヨーロッパ諸語での観念に相当することばは、すべて、ギリシア語のイデアideaに由来し、この語はまたidein(見る)に由来するものとして、元来、見られたもの、姿、形といった意味をもっていた。これを哲学用語として独特の意味をもたせて導入したのはプラトンである。すなわち、彼は、オルフェウス教からピタゴラス主義を通して受け継がれた肉体にとらわれた感覚的世界と霊的な超感覚的世界をたてる二世界論的な形而上(けいじじょう)学を背景に置きながら、相対的な知覚の対象としての個物でなく、知性的認識によって把握される永遠の普遍妥当的な実在をイデアの名でよんだのである。イデアは、単に真実在としてのみならず、諸物の原型として、価値的規範的意味を担い、この性格は、諸イデアの頂点に位するとされる「善のイデア」において極まる。感覚的世界の個物の側からみれば、それらは、その範型であるイデアにあずかる限りにおいて実在性を得るとされるのである。アリストテレスは、このプラトンの考えを批判的に継承しつつ、形相eidosと質料huūleēの結合として個物をとらえ、可能態から現実態への移行として事物の生成を考える方向を打ち出したが、ここでもなお、形相が事物の本質規定をなすという規範的性格はある形で生かされていた。プラトンの哲学はとりわけ新プラトン主義を介して、また、アリストテレスの哲学は、その主要部分をいったんアラブ文化圏の哲学を仲介して、古代末から中世にかけてのキリスト教哲学に受け継がれるが、ここでも、イデアないし形相は、創造神の知性における世界の諸事物の超感覚的原型として、その高い度合いにおける実在性、規範性という性格を保存したままで継承された。とはいえ、普遍概念と個物のどちらに実在性を与えるべきかという問題をめぐる「普遍論争」において、普遍概念の実在を否定する唯名論の側には、古代唯物論の認識論を継いで、観念を二次的生成物として考える方向もまたみられた。
[坂部 恵]
中世末期に至って広く影響を及ぼすようになった唯名論の考えのなかに、すでに、観念を人間の心に現れる表象、想念、意識内容とみなす見方が現れていたが、この方向は、近世に入り、神中心的な見方が、人間中心的に人間の意識を出発点として事象を考察する行き方に転換するとともに力を得て、観念の語の今日に至る用法がここに確立された。この用法の転換は、観念を(1)心が外界から受け取った感覚的観念、(2)心が自分でつくりだした想像的観念、(3)人間の心に生来備わっている本有観念の3種に分けて考えるデカルトにおいてみられるが、このうち第三の本有観念の存在を否定して観念にかかわる問題の近世的な取扱いに決定的な一歩を踏み出したのはロックにほかならない。すなわち、ロックは、経験の構成成分として「感覚」と「反省」を想定し、それらによる「単純観念」の取得と「複合観念」の合成の働きによって、人間の認識活動を説明することを試みたのである。この経験論的手法は、イギリスではヒュームによってさらに徹底され、フランスではコンディヤックの感覚論からデスチュット・ド・トラシらの観念学(イデオロジー)にまで展開された。一方、デカルト―ロックの流れに出ながら、イギリスのバークリー、フランスのマルブランシュ、メーヌ・ド・ビランら、プラトニズム的なイデアの考えになんらかの形で連なる人々が近世においてもみられることも見落としてはならない。
[坂部 恵]
本有観念を否定し観念の取得と合成のメカニズムによって経験の生成を解き明かそうとしたロックは、人間の認識の形成と展開において言語の占める役割に当然のことながら注目し、記号学(セーメイオーティケー)の構想を示したが、この構想は、古代のエピクロス学派から中世の唯名論を通して受け継がれたものにほかならなかった。今日、記号論ないし記号学は、さまざまな現代的手法によって装いを新たにして、復権の機運をみせているが、観念の問題をめぐる新たな思考の展開は主としてこの領域にみられ、また期待もされるといえよう。たとえば、本有観念の有無をめぐるチョムスキーとピアジェの論争などにみられるように、観念をめぐる古来の問題が、新たな学的探究の文脈のうえに繰り返されることから、プラトンやエピクロス以来の問題が今日なお生きていることが観取される。
[坂部 恵]
『斎藤忍随著『プラトン』(岩波新書)』▽『稲垣良典著『人類の知的遺産20 トマス・アクィナス』(1979・講談社)』▽『ロック著、大槻春彦訳『世界の名著27 人間知性論』(1968・中央公論社)』
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…他方,個々の美しい事物は,この〈美〉のイデアに〈あずかる(分有する)〉ことにより,あるいはイデアを〈原型・模範〉とする〈似像〉となることによって,美しいという性格を持ちうる。こうした意味でイデアはけっして単なる普遍概念や観念ではない。イデア論の構想は,倫理的領域をこえて認識論,存在論,自然学などにわたる統一的な原理とされた。…
…ここで,〈いくつかの感覚的性質を伴う〉というのは,たとえば三角形の表象は感覚的性質からまったく切り離されると,もはやなんらのイメージをももちえなくなるからであり,また,もし対象の感覚的性質がすべて保たれていたら,イメージではなくて感覚印象のコピーになるからである。
[イメージと観念]
上述のようなものとしてイメージは感覚印象や感性知覚から観念や概念へと赴く途上にあり,したがって,感性的認識と知的認識との交差路に位置している。イメージはその起源を感覚印象のうちにもってはいるが,感覚印象の場合のように,感官の末端に興奮も見られないし,単なる主観的な状態でもない。…
… 感覚論には,その前段階として,ロックの経験論がある。ロックにおいては,生具観念が否定され,人間の精神は本来,白紙(タブラ・ラサ)であるとされる。したがって人間の観念は,すべて経験から生じる。…
…観念を原理とする哲学上の立場。実在論,唯物論,現実主義に対立する。…
…いわば,単語は,決して個々の事象に対応しているのでなく,このようなある種の共通性(の総体)に対応しているのである。ある単語によってあらわされうるすべての事象に含まれる共通性,もしくは,その共通性の人間の脳裏における反映としての〈観念〉が,単語の〈意味〉と呼ばれてきたものである。単語のあらわす事象には,名詞の場合のように事物といえるようなものや,動詞のように動作・運動といえるものや,その他ある種の関係等々がありうるが,いま見た点では共通である。…
…表象は,哲学や心理学の領域で,主としてドイツ語のVorstellung,英語のrepresentation,フランス語のreprésentationの訳語として用いられる言葉であるが,広狭さまざまな外延をもつ。もともとVorstellungは,18世紀にC.ウォルフによって英語のidea(ロックの用語)の訳語として,次いでカントによってラテン語のrepraesentatioの訳語として使われはじめた言葉であるから,当然表象にも,もっとも広い意味として,感覚印象から非直観的な概念表象までをも含む観念一般という意味がある(この意味についてはカント《純粋理性批判》第2版を参照)。しかし一般には,直観的な性格をもつ対象意識を指し,知覚表象,記憶表象,想像表象,残像,さらには夢や幻覚,妄想までも含む心像一般を意味する。…
※「観念」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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