下端庄(読み)しもはたのしよう

日本歴史地名大系 「下端庄」の解説

下端庄
しもはたのしよう

現垂水区東部、摂津境辺りに所在した庄園。江戸時代の下畑(しもはた)村を遺称とする。養和元年(一一八一)一二月八日の後白河院庁下文案(新熊野神社文書)によると、京都新熊野(いまくまの)社領諸国庄園二八所の一つとして勅事院事以下臨時国役等を停止されている。しかし平安時代末期には平氏領となっていたらしく、平氏滅亡とともに没官されて一条能保の妻(源頼朝妹)に与えられ、建久三年(一一九二)一二月一四日当庄南の山田(やまだ)領とともに子息に分与されている(吾妻鏡)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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