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花山院家 かざんいんけ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

花山院家
かざんいんけ

藤原北家道長流。関白師実の次男家忠が花山院を伝領して家号としたのに始る。清華家の一つ。元弘の変に際し後醍醐天皇に従った師賢は,天皇を笠置山に落すため身代りとなって比叡に登り,身は捕えられ配流された。

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世界大百科事典 第2版の解説

かざんいんけ【花山院家】

藤原氏北家の流れ清華家の一つ。平安時代後期の関白藤原師実の第2子家忠を始祖とする。家忠が婚姻ののち父師実の邸花山院譲り受けたのにちなんで花山院左大臣と称した。その子権中納言忠宗は同邸に住した形跡はないが,忠宗の子忠雅は花山院太政大臣と,その子および孫の兼雅・忠経はそれぞれ後花山院左大臣・花山院右大臣と称されたように,代々同邸を本邸とし,花山院を称号にしたが,鎌倉時代中期以降に花山院が家の号として用いられることになった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

花山院家
かざんいんけ

藤原北家(ほっけ)道長流。道長の孫関白師実(もろざね)の二男家忠(いえただ)が邸宅花山院を伝領し、これを家の号としたのに始まる。摂関家に次ぐ家柄で太政大臣(だいじょうだいじん)になりうる清華家(せいがけ)の一つ。その子孫師賢(もろかた)は元弘(げんこう)の変(1331)のとき後醍醐天皇(ごだいごてんのう)の身代りとして比叡山(ひえいざん)に登り、そのすきに天皇を笠置(かさぎ)に逃れさせ、その孫長親(ながちか)は南朝に仕え歌人として有名である。しかし花山院の主流は北朝方について、その後も繁栄し、明治時代に至り侯爵となった。[福井俊彦]

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世界大百科事典内の花山院家の言及

【清華家】より

…家格は平安時代末から徐々に形成され,鎌倉時代にほぼ固定して七清華といわれた。すなわち三条家(俗称,転法輪)をはじめ,西園寺家およびその分流の今出川(菊亭)家徳大寺家(以上,閑院家流),また花山院家および大炊御門(おおいみかど)家(以上,花山院流)の藤原氏北家の流れをくむ6家に,源氏の久我(こが)家を加えた7家をいう。ところが江戸時代の初め,一条昭良(後陽成天皇の皇子)の男冬基が醍醐家を,また八条宮智仁親王の子忠幸が広幡家を興し,ともに清華家に列せられ,九清華となったが,この両家より太政大臣に昇った例はない。…

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