下篠村(読み)しもささむら

日本歴史地名大系 「下篠村」の解説

下篠村
しもささむら

[現在地名]新宮町下笹しもささ

下野しもの村の北、揖保川左岸に位置する。揖東いつとう郡に属し、北は上篠村。古代から近世初頭までは上篠村とともに篠村・佐々ささ村とよばれた。慶長国絵図に村名がみえる。江戸時代の領主の変遷は市野保いちのほ村と同じ。元和三年(一六一七)の揖東郡郷帳(池田家文書)では高五二二石余。正保郷帳では田方三一五石余・畑方一二〇石余。元禄郷帳では高四四〇石余で、以後村高は幕末までほぼ変わらない。宝暦(一七五一―六四)末年頃、高五〇石余が永荒となっている(矢本家文書)。小物成として栗・渋・竹皮などの分として銀一七匁二分が課されている(同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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