下繁岡村(読み)しもしげおかむら

日本歴史地名大系 「下繁岡村」の解説

下繁岡村
しもしげおかむら

[現在地名]楢葉町下繁岡

太平洋岸まで延びた丘陵台地上にあり、南は井出いで村、北西は上繁岡村。延宝六年(一六七八)繁岡村が井出村から分れて成立し、その後上・下に分村したと思われ、元禄郷帳では下繁岡村とあり、高六〇四石余。領主変遷は初め磐城平藩領、延享四年(一七四七)幕府領となる。文政一〇年(一八二七)の村明細帳(下繁岡区有文書)によれば田方三〇町一反余・畑方一一町六反余、家数一九・人数八一、馬一〇。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

地表近くで見られる蜃気楼(しんきろう)現象の一種。晩春から夏にかけて、よく晴れた日に熱せられた道路のアスファルト面を遠くから視線を低くして見ると、水たまりがあるように見えることがある。これは地面付近の...

逃げ水の用語解説を読む