下谷三之輪町(読み)したやみのわまち

日本歴史地名大系 「下谷三之輪町」の解説

下谷三之輪町
したやみのわまち

[現在地名]台東区三ノ輪(みのわ)一―二丁目・根岸(ねぎし)五丁目など

下谷金杉下(したやかなすぎしも)町の北東に続く。延宝江戸方角安見図には千住に向かう道(現金杉通)に沿って「ミのわまち」「新丁」「ちや屋」と記され、「此辺見のわ村」と出ているので、三之輪村内に町場が形成されていたことがわかる。新町の手前には立札が描かれ「是より南上野領」とあるので、東叡山寛永寺領であった。延享二年(一七四五)に支配が寺社奉行から町奉行に切替えられたが、年貢は東叡山目代田村権右衛門役所に納めた。反別は七反余。東は日本堤(にほんづつみ)土手、西は三之輪村と三河島(みかわしま)村(現荒川区)、北は下谷通新(したやとおりしん)町(現同上)。町の規模は南北三町一四間四尺余・東西一町余。文政九年(一八二六)の家数二五六、うち家持四一・家主二五・店借一九〇。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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