下道目記村(読み)しもどうめきむら

日本歴史地名大系 「下道目記村」の解説

下道目記村
しもどうめきむら

[現在地名]西尾市下道目記町

市の南に位置し、北は針曾根はりぞね村、東は上道目記村、南ははちしり村、西は行用ぎようよう村に隣する。村名の由来は上道目記村に同じ。近世は西尾藩領。寛永二〇年(一六四三)の「三河国郡村高記」には道目記村となっており、元禄一四年(一七〇一)の三河国村付、元文元年(一七三六)の「西尾領村々高反歩永引新田記」以後上下に分れている。

元文元年の村高二〇九石八斗九升四合、新田畑二〇石一斗余(西尾領村々高反歩永引新田記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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