下部村(読み)しもべむら

日本歴史地名大系 「下部村」の解説

下部村
しもべむら

[現在地名]下部町下部

現下部町の南西部、毛無(けなし)山西麓に位置し、同山を源とする下部川(湯川)の流域に湯町(ゆまち)・旭町(あさひちよう)・島(しま)・廻沢(めぐりさわ)の四集落がある。当村は甲斐国屈指の古湯の下部温泉を中心に形成されたと思われる。さらに下部川上流の湯奥(ゆのおく)村と密接な関係をもち、湯之奥(ゆのおく)金山の経営や、材木伐採・山出しなど河内(かわうち)谷における重要な産業を支える拠点ともなっていた。天正六年(一五七八)と推定される七月二〇日に穴山信君から「下部湯屋」の復興を命じられている佐野治郎右衛門尉(「穴山信君朱印状」恩地文書)は、下部を拠点にしていた代官と思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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