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穴山信君 あなやまのぶきみ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

穴山信君
あなやまのぶきみ

[生]?
[没]天正10(1582).4.6. 山城
戦国時代,甲斐武田氏の武将。幼名は勝千代,長じて左衛門大夫,玄蕃頭,陸奥守。号は梅雪斎。父は信友。母は武田信玄の姉南松院。妻は信玄の娘見松院。初め甲斐下山を領したが,天正3 (1575) 年,武田氏の分国駿河江尻の城主となった。同 10年,織田信長に降伏し,武田勝頼の滅亡後,徳川家康とともに安土で信長に謁し,次いで堺に遊んだが,本能寺の変が起ると,家康と同様急遽堺をたち,伊勢を経て帰国の途中一揆にあい,山城の宇治田原で殺された。子の勝千代が跡を継いだが夭逝し絶家。

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朝日日本歴史人物事典の解説

穴山信君

没年:天正10.6.2(1582.6.21)
生年:天文10(1541)
戦国時代の武将。幼名は勝千代,長じて彦六郎。左衛門大夫,玄蕃頭,陸奥守。剃髪して梅雪斎不白と号した。甲斐武田氏の一族。父は信友。母は武田信玄の姉。妻の見性院は信玄の娘。甲斐国巨摩郡下山(山梨県身延町)を拠点に河内地方(富士川流域,現在の南巨摩郡,西八代郡)を領した。信玄・勝頼父子に従って各地を転戦し,その領国経営にも参画した。本領河内地方が駿河国に接していたことや,今川家と姻戚関係にあった(今川義元の妻は信君の母の姉妹)ことから,特に対駿河政策には重責を果たす。駿河が武田氏の領国となると,天正3(1575)年江尻城(清水市)の城主として庵原郡の支配を任され,徳川氏との外交にも当たっている。同10年の織田氏の甲斐侵攻に際しては,いち早く徳川家康を通じて織田信長に下り拝謁,武田氏滅亡後は本領甲斐河内地方を安堵された。同年5月家康と共に安土で信長に再度拝謁。和泉国堺で本能寺の変の報に接し帰国の途上,山城国宇治田原で一揆のために殺された。奉行,代官など独自の家臣組織を有し,山林や金山の開発,検地を行うなど河内地方に強い支配権を有した。小山田氏の都留郡と並んで,この地域への権力の浸透は,領国の一統支配を目指す武田氏にとって大きな課題となった。なお信君の跡は子の勝千代が継いだが同15年16歳で死去し,穴山家は断絶した。<参考文献>『清水市史資料 中世』

(堀内亨)

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

穴山信君
あなやまのぶきみ
(1541―1582)

戦国時代の武将。甲斐武田(かいたけだ)氏の親族衆。父は信友(のぶとも)、母は武田信玄(しんげん)の姉(南松院(なんしょういん))である。初名は勝千代(かつちよ)、彦六(ひころく)。左衛門大夫(さえもんだゆう)、玄蕃允(げんばのすけ)、陸奥守(むつのかみ)に任じ、1580年(天正8)以後は、出家して梅雪斎(ばいせつさい)、不白(ふはく)と号した。穴山氏は武田一族で、歴代、巨摩郡南部(こまぐんなんぶ)(山梨県南巨摩郡南部町)、下山(しもやま)(同身延(みのぶ)町)の領主であった。永禄(えいろく)元年(1558)ごろ、信玄の娘(賢性院(けんしょういん))を妻に迎え、武田家の重臣となる。初め下山館で巨摩郡河内領(かわうちりょう)(南巨摩郡)を支配した。1575年(天正3)武田勢力の南下により駿河(するが)江尻(えじり)城主となり江尻領(現在の静岡市清水区にあたる地域)を支配した。1582年3月の武田氏滅亡の際は、徳川家康に内通した。同年6月、家康に従って上京のおり、本能寺(ほんのうじ)の変にあい、その帰途、宇治田原で、一揆(いっき)のため殺された。[柴辻俊六]

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世界大百科事典内の穴山信君の言及

【穴山梅雪】より

…戦国時代の武将。名は信君。斎号を梅雪斎不白。左衛門大夫。玄蕃頭。陸奥守。父は穴山信友。母は武田信玄の姉。信玄の娘をめとる。甲斐河内地方を領し,武田氏の南下にともない1575年(天正3)以後駿河江尻城主となる。武田氏の親族であるが,82年徳川家康を介して織田信長に降り,徳川家康と安土に信長を訪問。和泉堺で本能寺の変に遭遇し帰国の途中,山城宇治田原で一揆のため殺された。【笹本 正治】…

※「穴山信君」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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