下雨屋村(読み)しもあまやむら

日本歴史地名大系 「下雨屋村」の解説

下雨屋村
しもあまやむら

[現在地名]会津若松市大戸町雨屋(おおとまちあまや)

阿賀川東岸にあり、北は石(いし)村、南は宮内(みやうち)村。昔長雨が続いた時、空海が来て祈ったところ、雨が晴れたので村名となったと伝える。古くは天屋と記したが、寛文年中(一六六一―七三)現在の文字にしたという。しかし文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録ではすでに下雨屋とあり、高八一石余。南青木組に属し、文化一五年(一八一八)の村日記では高七九石余。化政期の家数一七(新編会津風土記)。明治四年(一八七一)の家数一五(寺一)・人数九七(人員録)。同八年石村など三ヵ村と合併して雨屋村となる。水系は門田(もんでん)堰。村北の岩山に四間四方の薬師堂があり、堂裏に享保一五年(一七三〇)の「奉建立薬師堂」と刻んだ高さ二メートルの石碑があり、願主磐屋山薬王(やくおう)寺大阿闍梨高慶と、施主面川(おもがわ)村・上雨屋村・宮内村の名が記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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