下飛田給村(読み)しもとびたきゆうむら

日本歴史地名大系 「下飛田給村」の解説

下飛田給村
しもとびたきゆうむら

[現在地名]調布市富士見町ふじみちよう一―四丁目・西町にしまち

下石原しもいしわら宿の北にあり、北は大沢おおさわ(現三鷹市)、東は深大寺じんだいじ村。田園簿には飛田給村とあり、高二五九石余で皆畑、幕府領であった。寛文年間(一六六一―七三)には上・下の二村に分れたらしく(調布市史)、元禄郷帳では下飛田給村とあり、高一八四石余。無民家で下石原宿の持添地であった(文化元年「下石原村明細帳」熊沢家文書)。元禄八年(一六九五)検地を受け、宝永(一七〇四―一一)頃には柳沢吉保に預けられて鷹部屋が置かれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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