下高輪智将院門前(読み)しもたかなわちしよういんもんぜん

日本歴史地名大系 「下高輪智将院門前」の解説

下高輪智将院門前
しもたかなわちしよういんもんぜん

[現在地名]港区高輪たかなわ二丁目

保安ほあん寺および同寺門前の南に続く片側の門前町屋。東は智将院境内を隔てて正源しようげん寺、西は往還を隔てて肥後熊本藩細川家中屋敷、南は高輪台たかなわだい町。往還表から二間の所に崖があり、窪地となった智将院境内が見下ろせるので、往来に面した間口一七間・奥行二間の熊本藩地所のうち間口九間・奥行二間分を同寺が預かり、寺の地所奥行四間分も加えて正徳三年(一七一三)町屋の家作が許された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む