日本歴史地名大系 「下鶴井庄」の解説
下鶴井庄
しもつるいのしよう
- 兵庫県:豊岡市
- 下鶴井庄
助、教王院三位法印は房弁。預所・下司職については、建武四年(一三三七)七月二六日の端裏書をもつ相伝系図(仁和寺蔵薄草紙伝受記紙背文書)があり、本領主は西園寺公経女の法住寺禅尼(また三条禅尼と号する)、真乗院覚教、同房円、同
助と相伝し、建治四年(一二七八)一月八日
助から教王院房弁へ、正応四年(一二九一)三月日房弁から皆明寺親忠へ、延慶四年(一三一一)四月日親忠から真光院禅助へ、嘉暦二年(一三二七)八月一三日禅助から皆明寺道淵へ譲与されている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報