不入岡村(読み)ふにおかむら

日本歴史地名大系 「不入岡村」の解説

不入岡村
ふにおかむら

[現在地名]倉吉市不入岡

定光寺じようこうじ村の西、国府こう川北岸の久米くめはら台地東端にある。不二岡とも記される。「伯耆民談記」によれば、伯耆国造石川氏は上古より当地に居住していたといわれ、村内田中たなかに二反余の国造屋敷の跡や国造滅亡の際の焼失物を埋めたという森、国府川には国造が垢離をとった石川瀬いしかわせと号する地などがあると記される。また屋敷跡からそう(国庁裏神社)参拝のため通った道は国造道と伝えられて物忌ある人は通行を禁じられたという。この道は今も断片的に残っている。藩政期の拝領高は四七六石余、本免五ツ三分。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

〘 名詞 〙 ( 牽牛と織女の別れを悲しむ涙雨の意 ) 陰暦七月七日に降る雨。せいるいう。《 季語・秋 》[初出の実例]「歳時雑記曰、〈略〉七日雨、則曰二洒涙雨一」(出典:俳諧・滑稽雑談(1713)七...

洒涙雨の用語解説を読む