与北村(読み)よぎたむら

日本歴史地名大系 「与北村」の解説

与北村
よぎたむら

[現在地名]善通寺市与北町

那珂(なか)郡に属し、金倉(かなくら)川の中流域右岸に位置する。対岸は上吉田(かみよしだ)村、南部には如意(によい)山(一五七・八メートル)があり、丸亀・金毘羅街道が通る。寛永国絵図に村名がみえ、西(にし)村を含む与北村の高一千四八二石余。寛永一七年(一六四〇)の生駒領高覚帳ではほぼ同高で、うち新田悪所四三石余。同一九年の小物成は綿一七四匁(高松領小物成帳)。嘉永年間(一八四八―五四)の溜池は買田(かいだ)池以下二四。水掛高一千六〇〇石に及ぶ同池を除けば規模はかなり狭小で、水掛高二五〇石の新(しん)池のほかは籠(かご)池二石、源正寺(げんしようじ)池五斗、谷内下(たにうちしも)池一三石、谷内中池二石、谷内上池一石、大谷(おおたに)池一石、長(なが)池三〇石、元好(もとよし)池一石、浦(うら)池八斗といった様相である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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