与良松三郎(読み)よら まつさぶろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「与良松三郎」の解説

与良松三郎 よら-まつさぶろう

1872-1938 明治-昭和時代前期のジャーナリスト
明治5年3月23日生まれ。ウラジオストクの日本人小学校長をつとめ,日露戦争では陸軍通訳。明治40年友人小山松寿がいとなむ「名古屋新聞」(現「中日新聞」)の主筆となり,普選運動推進の論陣をはった。昭和5年社長。昭和13年10月17日死去。67歳。長野県出身。長野師範卒。旧姓上野

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む