与那原浜(読み)ゆなばるばま

日本歴史地名大系 「与那原浜」の解説

与那原浜
ゆなばるばま

[現在地名]与那原町与那原

与那原よなばるの東側、中城なかぐすく湾に面した浜。かつては斎場せーふあ御嶽(現知念村)において行う聞得大君の就任儀礼である御新下おあらおりの重要な中継地であり、御殿うどうん山や与那古浜、親川えーがーに仮屋が作られ斎場御嶽で行う儀礼に準じた儀礼を行った。

「おもろさうし」巻一〇の一に「一 大ぬしきや 天とゝろ するやに(大主が 天轟ろ するように)/ゑけ せちまさて ちよわれ(えけ 霊力優れて ましませ)/又 大ぬしきや あめとゝろ するややに(大主が あめ轟ろ するように)/又 大ぬしきや あやこはま するやに(大主が あやご浜 するように)/又 大ぬしきや しつこはま するやに(大主が しづこ浜 するように)/又 大ぬしきや まはへあな にちよわちへ(大主が 真南風穴 に来られて)/又 大ぬし とりのもり ちよわちへ(大主が 鳥の森に 来られて)/又 大ぬしきや 国まわり しよわちへ(大主が 国廻りしたまいて)」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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