両別所村(読み)りようべつしよむら

日本歴史地名大系 「両別所村」の解説

両別所村
りようべつしよむら

[現在地名]堺市別所(べつしよ)

上(かみ)村の南東に位置し、和田(わだ)川の最上流部にあたる。大鳥郡に属する。村は上別所(かみべつしよ)・下別所からなり、村名もこれによるとみられる。中世和田(みきた)庄に属し、元弘三年(一三三三)一二月二七日の後醍醐天皇綸旨(和田文書)に、和田助家に和田庄惣下司職とともに「蕨別所俗別当職」を安堵したことがみえ、蕨別所(わらびべつしよ)は当村にあたる。同じ頃の年月日未詳和田助家処分状(同文書)に「蕨別所上下之別当職并別当坊」とあり、南北朝頃にはすでに上下に分れていたことがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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