両岩村(読み)もろいわむら

日本歴史地名大系 「両岩村」の解説

両岩村
もろいわむら

[現在地名]嬉野町大字吉田(よしだ)字両岩

吉田川の中央部東側に位置する。この村は田中茂之(源右衛門、入道安心)が天正二年(一五七四)竜造寺隆信より給された土地。茂之はのち佐賀本藩鍋島直茂に仕え、鹿島初代藩主鍋島忠茂の付家老となり、この村も鹿島支藩の能古見(のこみ)郷のうちとされた(「源家田中系譜写」鹿島市願行寺蔵)。貞享四年(一六八七)改・元文三年(一七三八)写の御領中郷村帳(佐賀県立図書館蔵)その他の各郷村帳に村名がみえるが、肥前国佐嘉領村々目録や天保郷帳にはみえない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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