両田尻村(読み)りようたじりむら

日本歴史地名大系 「両田尻村」の解説

両田尻村
りようたじりむら

[現在地名]柏崎市両田尻

東は下田尻村、西は茨目いばらめ村、南は上田尻村、北は田塚たつか村。近世の支配は柏崎町と同じ。村の開発について、「白川風土記」に伝える坂井段兵衛所蔵古文書によると、寛永一三年(一六三六)鯖石組大肝煎坂井三太夫は高田藩松平光長の郡奉行青山瀬兵衛に対し、砂に埋った長浜ながはま村の居屋敷の代りに、上田尻村と下田尻村の間に移住し開発することを願い許された。さらに坂井氏は居屋敷に続く地を三五石開発して能登屋のとや新田とし、万治二年(一六五九)には五五石余を開発して坂井さかい新田とした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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