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中伊三郎 なか いさぶろう

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美術人名辞典の解説

中伊三郎

医者。本姓上田、名は実、字は端、号は凹凸堂・芝蘭亭。丹波生、大坂・京都住。中天游の徒弟。文政年間に銅版画を工夫した。万延元年(1860)歿、68才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中伊三郎 なか-いさぶろう

?-1860 江戸時代後期の銅版画家。
文政5年斎藤方策と中天游(てんゆう)共訳の「把爾翕湮(パルヘイン)解剖図譜」や,9年大槻玄沢の「重訂解体新書」などで原著の挿図を銅版で模刻した。万延元年5月3日死去。京都出身。名は亥。字(あざな)は端。号は凹凸堂,芝蘭堂,芝蘭亭。屋号は中屋。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

中伊三郎

没年:万延1.5.3(1860.6.21)
生年:生年不詳
江戸後期の銅版画家。京都の人。中屋伊三郎とも。中屋は商家だったときの屋号。名は亥。字は端。凹凸堂,芝蘭堂などと号した。蘭方医中天游の従弟に当たり,腐蝕銅版画の技法は大坂で天游の師橋本宗吉から多くを学んだと考えられる。医学書の挿絵の模刻で有名で,ヨハン・パルフェインの解剖書の翻訳『把爾翕湮解剖図譜』(1822)において原著の図版を模刻し,『解体新書』の木版画の図版を銅版画に作り直した『重訂解体新書』(1826)では,より複雑な立体感の表現に成功している。解剖図以外には「日月写真図」など数種の模刻が知られる。後期の藍摺は浮世絵に影響を与えた。

(佐藤康宏)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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