中使山遊山台(読み)ちゆうしやまゆうざんだい

日本歴史地名大系 「中使山遊山台」の解説

中使山遊山台
ちゆうしやまゆうざんだい

[現在地名]小千谷市片貝町

安永八年(一七七九)に開塾した片貝の学館朝陽(ちようよう)館の諸教授の墓地。中使山の名称は、中使(庄屋)の所有した山に由来する地名であろう。朝陽館は村の有力者が相計って、高田藩浪人酒井右内を招いて開学。次の塾長藍沢北溟は、漢学を教える傍ら眼科の医療もし、その基礎を固めた。門人は遠く蒲原(かんばら)郡・魚沼郡方面からも来て、数百人に達した。その後皆川葵園・鶴野東野・横井豊山などの学者が教鞭を執った。その後耕読(こうどく)堂と名称を変更し、地元の学者丸山貝陵が塾長となり、その子恭次郎が後を継いだ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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