横井豊山(読み)よこい ほうざん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「横井豊山」の解説

横井豊山 よこい-ほうざん

1814-1855 江戸時代後期の儒者
文化11年7月26日生まれ。豊前(ぶぜん)下毛郡(大分県)の人。野本白巌(はくがん)らにまなぶ。のち越後(えちご)(新潟県)三島郡片貝村に滞在し耕読堂でおしえた。嘉永(かえい)7年箱館奉行堀利煕(としひろ)にしたがい,樺太(からふと)(サハリン)を巡視して「探蝦録」「北門私議」をあらわした。安政2年7月21日死去。42歳。名は忠規。字(あざな)は正則通称は伊織,所右衛門。

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367日誕生日大事典 「横井豊山」の解説

横井豊山 (よこいほうざん)

生年月日:1814年7月26日
江戸時代末期の儒者
1855年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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