中塔城跡(読み)なかとうじようあと

日本歴史地名大系 「中塔城跡」の解説

中塔城跡
なかとうじようあと

[現在地名]梓川村大字梓 中塔

北黒沢きたくろざわと南黒沢との間にあって東に張り出した尾根上標高一二五〇メートルの地点にあり、安曇平を一望のもとに見おろせる絶好の城地である。元禄一一年(一六九八)上野組吟味帳には「中野城」、享保九年(一七二四)成立の「信府統記」には「小室山古城」、「二木家記」(慶長一六年成立)・「岩岡家記」(慶長年代成立)には「中洞小屋」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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