中姫村(読み)なかひめむら

日本歴史地名大系 「中姫村」の解説

中姫村
なかひめむら

[現在地名]大野原町中姫

柞田くにた川河口部の南東方、大野原村の東に位置し、地内は比較的平坦。寛永国絵図に村名はみえず、寛永一七年(一六四〇)の生駒領高覚帳では中姫村として高八六五石余、うち新田二四五石。同一八年の小物成は綿二五〇匁八分(山崎領小物成帳)。宝暦一一年(一七六一)の高八一七石余(朱印高四四六石余)、反別一〇五町七反余、物成高三一〇石余、夏成麦は大麦・小麦合計四六石余、真綿銀は代銀納で三八匁六分余。家数二二七、うち本百姓一五五・無高百姓六・太夫一・山伏二、人数一千五一(「巡見使案内諸事覚書」佐伯文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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