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閉門 へいもん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

閉門
へいもん

江戸時代~明治初年の刑罰の一つ。武士僧侶に科せられ,『公事方御定書』には,「門をし,窓をふさぐが,釘〆 (くぎじめ) にする必要はない」とあるだけで不明確であるが,同条但書およびこれより刑の軽い逼塞遠慮の規定よりみて,出入り昼夜とも禁止されていたことがわかる。ただし,病気のとき夜間に医師を呼び入れたり,火事のとき屋敷内の防火にあたったりすることはもちろん,焼失の危険ありと判断すれば退去して,その旨を届け出ればよいとされていた。明治政府も,『新律綱領』において,士族官吏僧徒閏刑 (じゅんけい) の一つとしてこれを採用していたが,1873年4月閏刑五等はすべて禁錮と改称され,これに伴って消滅した。

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デジタル大辞泉の解説

へい‐もん【閉門】

[名](スル)
門をとじること。⇔開門
謹慎の意を表すため、門をとざして家にこもること。
江戸時代、武士・に科せられた刑罰の一。門や窓をかたく閉じ、出入りを禁じられた。

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百科事典マイペディアの解説

閉門【へいもん】

中世には自ら謹慎することをいって刑罰ではなかったが,江戸時代武士・僧侶に科された監禁刑の一つ。50〜100日間門扉を閉じ,窓も閉じて昼夜とも一切の出入を禁じた。

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世界大百科事典 第2版の解説

へいもん【閉門】

刑罰の名称鎌倉時代からこの語はあって,中世ではみずから謹慎することで刑罰ではなかったが,江戸時代には刑罰の名称となった。江戸幕府法では武士と僧に科せられる刑で,屋敷の門を閉じ,昼夜とも当人および内外の者の出入りを禁じ,ただ病気のときには夜中に医師を招き,また出火,類焼にあたっては消防,避難することは許されていた。自由刑と名誉刑との性質をもつ刑罰で,これより軽いものとして〈塞(ひつそく)〉〈遠慮〉〈戸〆(とじめ)〉〈押込(おしこめ)〉があった。

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大辞林 第三版の解説

へいもん【閉門】

( 名 ) スル
門をしめること。 ⇔ 開門 「六時に-する」
謹慎の意を表すために、門を閉ざして家にこもること。
江戸時代、武士や僧侶に科せられた刑罰の一。門・窓を閉ざして出入りを禁じた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

閉門
へいもん

江戸時代、武士、僧侶(そうりょ)に科せられた刑。門を閉じて窓をふさぎ、昼夜とも出入りを禁じたが、釘締(くぎじめ)にする必要はなかった。ただし病気の際は医師を招くこともでき、火事の際は屋敷内の火を防ぐのは差し支えなく、また屋敷が危うくなった場合には屋敷を立ち退くことが許された。[石井良助]

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