日本歴史地名大系 「中宇利村」の解説 中宇利村なかうりむら 愛知県:新城市中宇利村[現在地名]新城市中宇利下宇利村の東にあたり、宇利川上流の盆地に耕地が広がる。南西の下宇利村との境には宇利峠があり、古来三河から遠江に通ずる重要な交通路であった。八名(やな)郡に属した。近世初頭は幕府領、寛永一三年(一六三六)から安部氏領となって幕末に至る。安永四年(一七七五)の明細帳(富岡区有)では反別八二町余・九一八石余で、本百姓一一五軒・水呑三〇軒、人口五八七、馬四二匹である。村域南方に南馬場(みなみばば)古墳、北西富岡地籍に富賀寺(ふかじ)古墳がある。村域中部は市場(いちば)とよばれ、早くから開けた地であることを思わせる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by