中尾城(読み)なかおじよう

日本歴史地名大系 「中尾城」の解説

中尾城
なかおじよう

城の所在地は慈照じしよう寺背後の中尾山(万松院殿穴太記)とも、「如意嶽絶頂有城跡」(山城名勝志)とも、また大文字山と如意ヶ嶽を結ぶ線上の中間ともいうが、明らかでない。如意城・如意ヶ嶽城ともいう。

足利将軍義輝と父の義晴は、瓜生山うりゆうざん城を細川晴元に攻められて和睦した。三好長慶軍の進攻により窮地に陥った晴元は、天文一八年(一五四九)六月、近江の六角義賢とはかり慈照寺の裏山にこの城を築いて義晴・義輝父子を招こうとしたが、父子は坂本に移った。「万松院殿穴太記」によれば、同年一〇月二八日には築城が本格的に開始され、翌一九年二月に将軍父子と晴元によって城は完成した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 瓜生山 堅田 鉄砲

夏の暑さに体が慣れること。数日から数十日間で起こる短期暑熱順化と、数年または数世代にかけて起こる長期暑熱順化とがある。→寒冷順化[補説]近年では、冷房設備の普及にともない短期暑熱順化が起こりにくくなっ...

暑熱順化の用語解説を読む