中尾山城跡(読み)なかおやまじようあと

日本歴史地名大系 「中尾山城跡」の解説

中尾山城跡
なかおやまじようあと

[現在地名]土居町畑野 中尾

中尾山にある城跡。畑野(はたの)城跡ともいう。

天保一三年(一八四二)の「西条誌」によると、渋柿(しぶがき)城主薦田治部進の一族で天正一五年(一五八七)没の薦田備中守儀定の居城とされ、明治初年の「伊予国宇摩郡地誌」には「中尾城墟、東西拾六間南北三拾間回字形(中略)山字中尾ニ在リ(中略)天正以前薦田四郎二郎義純之ニ居ル」とある。同書には中山の木山(なかやまのきやま)城跡について「東西拾一間南北二拾二間三尺(中略)山字中山ニ在リ(中略)天正以前薦田備中守義貞同四郎兵衛成道之ニ居ル」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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