畑野村(読み)はたのむら

日本歴史地名大系 「畑野村」の解説

畑野村
はたのむら

[現在地名]土居町畑野

現土居町の西南部に位置し、東は土居・入野(いりの)両村、西は上野(うえの)村、南は浦山(うらやま)村、北は北野(きたの)村に接する。南に山を負い、東西を浦山川・西谷(にしたに)川に、北を関(せき)川に囲まれ、水利に恵まれた農村。

慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)の宇摩郡の項に「畑野村 小川有」と村名がみえる。

「和名抄」にみえる宇摩郡近井(ちかい)郷に属したとされる。江戸時代には幕府領などを経て寛文一〇年(一六七〇)に西条藩領となり、土居組に属して幕末に至る。

天保一三年(一八四二)の「西条誌」によると家数九六、人数四四四、鉄砲持一、用水は「川あり泉も四ケ所あれば水十分なり」とある。茯苓・鮎・鰻・松茸などを産する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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