中島新町(読み)なかじましんまち

日本歴史地名大系 「中島新町」の解説

中島新町
なかじましんまち

[現在地名]中区中島(なかじま)町

元柳(もとやなぎ)町の南に木引(こびき)町の通りを隔てて続く本(ほん)川(太田川)沿いの町で、南は武家屋敷町の水主(かこ)町。中島組に属した。

元和五年広島城下絵図に「新町筋」として四町三〇間とあり、寛永二年広島町数家数改め(済美録)では「中島地方町」として本家六五軒・借家三〇軒をあげる。承応の切絵図では木引町と合わせて一四一軒を記す。うち舟持二三、奉公人一三、舟乗・茶売各九、船大工・木挽各八、大工七、作人・寺各六、塩売四、その他四八でそのうち抱屋二九。天和の切絵図からは木引町が分れ、「知新集」では石橋五、町門一、町間数七丁二五間五歩九厘一毛、竈数二八五(本竈四五・借竈二四〇)、人数一千六五(男五四一・女五二四)、うち針医一人、大工一三人、船大工九人、木挽・柿葺・取葺・茅葺・桶屋各一人および藍絞染師一人と計二八人の職人をあげる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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