20世紀日本人名事典 「中島正武」の解説
中島 正武
ナカジマ マサタケ
明治・大正期の陸軍中将
- 生年
- 明治3年9月10日(1870年)
- 没年
- 昭和6(1931)年2月23日
- 出生地
- 土佐国土佐郡小高坂村(高知県高知市)
- 学歴〔年〕
- 陸士〔明治23年〕卒,陸大〔明治32年〕卒
- 経歴
- 明治23年陸軍歩兵少尉、32年参謀本部付となり、東京衛戍総督府参謀、岐阜歩兵第68連隊長、駐ロシア大使館付武官、参謀本部欧米課長などを経て、大正5年歩兵第30旅団長、6年参謀本部第2部長、7年3月ハルピン特務機関長を歴任。8年中将、再び参謀本部第2部長となり総務部長を兼務、のち第2師団長、11年近衛師団長を務める。12年予備役に入り、賀陽宮宮務監督などを務めた。この間、明治37年日露戦争で大本営の運輸通信長官部の参謀として勤務。大正3年第1次世界大戦では観戦武官としてロシア軍に従軍。7年8月シベリア出兵では浦塩派遣軍の高級参謀を務め、陸軍有数のロシア通として知られた。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報