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大本営 だいほんえい

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大本営
だいほんえい

旧日本軍において,戦時にあたって大元帥である天皇のもとに設置された最高統帥機関。日清戦争にそなえて 1893年5月に制定された戦時大本営条例による。大本営が初めて実際に設けられたのは,94年6月である。

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デジタル大辞泉の解説

だい‐ほんえい【大本営】

明治以降、戦時または事変の際に、天皇に直属して陸海軍を統帥した最高機関。明治26年(1893)に定められ、のち常設の機関となって太平洋戦争の終末まで存続した。

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百科事典マイペディアの解説

大本営【だいほんえい】

戦時・事変に設置された日本の最高統帥(とうすい)機関(統帥権)。戦時の天皇の軍令大権(大権事項)の輔弼(ほひつ)機関として独立の権限をもつ。1894年日清戦争,1904年日露戦争,1937年日中戦争太平洋戦争の際の3度設置。
→関連項目川上操六最高戦争指導会議参謀本部台湾沖航空戦日中戦争

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世界大百科事典 第2版の解説

だいほんえい【大本営】

戦時または事変において天皇の隷下に設置された第2次大戦前の最高統帥機関。最初に法令化されたのは1893年5月〈戦時大本営条例〉で,1年後の日清戦争時に初めて設置された。このときは陸軍の参謀総長が幕僚長となって陸海軍の作戦計画を担当した。また,統帥権独立制度の下で,統帥機関である大本営に文官である首相伊藤博文が列席して外交的見地から政府と統帥との調整にあたった。1903年12月には参謀総長,海軍軍令部長が並立して幕僚長となるようになり,幕僚中に文官の存在を認めるように改正され,日露戦争が戦われた。

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大辞林 第三版の解説

だいほんえい【大本営】

戦時の天皇直属の最高統帥機関。1893年(明治26)の戦時大本営条例で法制化され、日清・日露戦争時に設置された。1937年(昭和12)には大本営令により事変でも設置可能となり、以後敗戦まで存続。44年に最高戦争指導会議と改称。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大本営
だいほんえい

1893年(明治26)5月22日公布の戦時大本営条例で設置された天皇直属の最高戦争指導機関。初め参謀総長が幕僚長となり陸海軍の作戦を指導する点で、陸軍優位の形態となっており、広島に大本営を置いた日清(にっしん)戦争はこの条例下で指導された。1903年(明治36)12月28日、同条例は改正されて参謀総長と軍令部長がともに幕僚長となり、陸・海軍対等の形態がとられ、日露戦争はこの形の大本営(宮中に設置)において作戦指導がなされた。日中全面戦争(政府は「支那(しな)事変」と呼称)の勃発(ぼっぱつ)に伴い、1937年(昭和12)11月18日、戦時大本営条例を廃止し、軍令により大本営令を制定した。従来、大本営は戦時にしか置くことができなかったが、それを修正して、事変の際にもその設置を可能にするためであった。同月20日大本営が宮中に設置され、太平洋戦争終末に至るまで存続したが、参謀本部が大本営陸軍部、軍令部が大本営海軍部となっただけで、分立する陸・海軍間を調整する機関たるにとどまった。大本営設置に伴い大本営政府連絡会議が設けられたが、政戦両略の十分な統合は果たせなかった。しかし大本営設置は、国民の戦争気分高揚に一役果たした。[粟屋憲太郎]
『松下芳男著『明治軍政史論 下』(1956・有斐閣) ▽『現代史資料37 大本営』(1967・みすず書房)』

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世界大百科事典内の大本営の言及

【御前会議】より

…官制上天皇の臨席が定められていたのは枢密院会議だけであるが,天皇は議事を聴取するのみで発言しないのが慣例であった。しかし明治天皇は,日清戦争前後から日露戦争の時期には大本営会議はもとより,法制上規定のない元老会議,元老と主要閣僚の合同会議,またはそれに参謀総長や海軍軍令部長を加えた会議に出席した。大正期から昭和初期までは枢密院会議以外の御前会議は開かれなかったが,日中戦争の開始にともない大本営と大本営政府連絡会議が設置され,1938年1月以降,日中戦争の根本処理方針,日独伊三国同盟締結,日米交渉,太平洋戦争の開戦と終結などの最高国策を決定するための御前会議が1年に数回開かれた。…

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