コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

中川宗瑞 なかがわ そうずい

2件 の用語解説(中川宗瑞の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中川宗瑞 なかがわ-そうずい

1685-1744 江戸時代中期の俳人。
貞享(じょうきょう)2年生まれ。幕府の為替両替用達(ようたし)商。俳諧(はいかい)を榎本其角(えのもと-きかく)にまなび,杉山杉風(さんぷう)の門人となる。平明な句をこころざし享保(きょうほう)16年佐久間柳居らと「五色墨(ごしきずみ)」を刊行,俳壇に影響をあたえた。延享元年7月30日死去。60歳。江戸出身。通称は三郎兵衛。別号に風葉,白兎(はくと)園。編著に「柿むしろ」「甲山行」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

中川宗瑞

没年:延享1.7.30(1744.9.6)
生年:生年不詳
江戸中期の俳人。通称は三郎兵衛。初号は風葉。別号に白兎園がある。江戸の人で,両替為替を業とした。俳諧においては,初め榎本其角,水間沾徳らに親炙したが,『五色墨』に参加後,独特の活動を展開。ことに『五色墨』連衆のひとりである大場咫尺と『柿むしろ』(1734)で宗匠立机を果たしてより,かつての師,貴志沾洲と感情的齟齬が生じる。以後,甲州俳人などと交流を深め,結局は江戸の主要俳人から疎外されたかたちで,佐久間柳居の門弟のような活動を示す。享保期(1716~36)の俳壇変動に,翻弄された人物。

(楠元六男)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

中川宗瑞の関連キーワード尼坂好道藤山惟熊本阿彌親平太祇国包(5代)国重(4)清水超波鈴木羊素竹本三郎兵衛(3代)樗雲

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone