中広瀬村(読み)なかびろせむら

日本歴史地名大系 「中広瀬村」の解説

中広瀬村
なかびろせむら

[現在地名]山崎町中広瀬

揖保(いぼ)川中流右岸に位置し、西は山田(やまだ)村。下広瀬村とともに広瀬(ひろせ)郷といわれた。広瀬の地名は揖保川の氾濫原で沃野が広がることが郡内一であったことに由来するとも(宝永五年「宍粟郡志」)、同川の流れが広くなる地点にあることにちなむともいう。慶長八年(一六〇三)姫路藩主池田輝政は「中広瀬村」一七九石余など計一千石を家臣の黒田四郎兵衛に与えた(「黒田定清家譜」鳥取県立博物館蔵)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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