中東和平ジュネーブ会議(読み)ちゅうとうわへいジュネーブかいぎ(その他表記)Peace Conference on Middle East

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「中東和平ジュネーブ会議」の意味・わかりやすい解説

中東和平ジュネーブ会議
ちゅうとうわへいジュネーブかいぎ
Peace Conference on Middle East

1973年 12月 21日からジュネーブで開かれた,十月戦争終結のための会議。ワルトハイム国連事務総長,アメリカのキッシンジャー国務長官,ソ連のグロムイコ外相と,エジプトヨルダンイスラエルの各代表が参加。シリアは参加を拒否。 48年のパレスチナ戦争以来,アラブ諸国は,イスラエルと紛争処理のための直接会談を開くことを拒否し続けてきたため,アラブとイスラエルが同席して和平交渉がもたれた最初のものとなった。会議は参加代表による開会演説を行なって,閉会兵力引離しなどの和平の実現は,キッシンジャーの「往復外交」を待たねばならなかった。

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