中桐絢海(読み)なかぎり けんかい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中桐絢海」の解説

中桐絢海 なかぎり-けんかい

1849-1905 明治時代の医師
嘉永(かえい)2年生まれ。中桐文炳(ぶんぺい)の養子柏原謙好にまなび,のち江戸で西洋医学をおさめる。維新後郷里の讃岐(さぬき)(香川県)で開業,明治7年高松医学校教頭。明治38年7月8日死去。57歳。本姓は明田。名は絢。字(あざな)は素卿。号は星岳,柳東。著作に「中毒小言」「錦渓集」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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