中田付村(読み)なかたづきむら

日本歴史地名大系 「中田付村」の解説

中田付村
なかたづきむら

[現在地名]喜多方市岩月町宮津いわつきまちみやつ

上田うわだ村の北東にあり、北西大沢おおさわ村、北東は入田付いりたづき村。小田付組に属し、本村の北に端村三屋みつやがある。かつては大沢村一村で田付村と称していたが正保二年(一六四五)大沢村を分け、北東方に入田付村、南西方に小田付おたづき村があるので中田付村と称したという。また昔はうち町とそと町の二町があり、一二斎市が立って繁栄していたが、天正一〇年(一五八二)外町の六斎市を小田付村小荒井こあらい村に分け、内町で六斎市だけを立てていたがしだいに衰えて廃止されたという(「新編会津風土記」など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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