中畑宿(読み)なかはたしゆく

日本歴史地名大系 「中畑宿」の解説

中畑宿
なかはたしゆく

[現在地名]矢吹町中畑

水戸街道の宿駅で、奥州道中の中畑新田宿から東に分れた最初の宿。元文元年(一七三六)の文書(小針家文書)によれば、当宿は月のうち一―一〇日までは上りは川原田かわらだ宿(現中島村)、下りは中畑新田宿、一一―二〇日までは下りのみ中畑新田宿へ、二一―三〇日までは、上りのみ釜子かまのこ宿(現東村)へ継立ている。安永七年(一七七八)この助郷村は白河藩領一四ヵ村、越後高田藩領一〇ヵ村、幕府領四ヵ村の計二八ヵ村であった(「助郷村々書上」小針家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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