中脇村(読み)なかわきむら

日本歴史地名大系 「中脇村」の解説

中脇村
なかわきむら

[現在地名]菰野町榊(さかき)

朝明(あさけ)川を隔てて竹成(たけなり)村の西に位置する。天正一二年(一五八四)頃の織田信雄分限帳によれば高木忠蔵がこの地と馬場(ばんば)・武成(竹成)で二〇〇貫文を知行していた。江戸時代は初め桑名藩領、文政六年(一八二三)以降武蔵忍(おし)(現行田市)藩領、天保一四年(一八四三)以降幕府領として信楽(しがらき)(現滋賀県)代官所支配、安政元年(一八五四)以降再び忍藩領。

宝永八年(一七一一)の村差出帳(徳川林政史蔵)によれば、戸数一五、うち本百姓一〇、人口八四(男四七・女三七)、馬三、牛五。神社は山神一、馬場村と共同の氏神一社。炭竈運上銀五匁五分を杉谷(すぎたに)村を通じて上納した。天保九年の戸数二七、人口一一〇(男六四・女四六)、牛九、馬七。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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