中野橋村(読み)なかのはしむら

日本歴史地名大系 「中野橋村」の解説

中野橋村
なかのはしむら

[現在地名]村松町中野橋

青橋あおはし村の北に続く能代のうだい川筋の村。西はまき川対岸の刈羽かりは村、北は笹野町ささのまち村・長橋ながはし村。口碑によると寛永一九年(一六四二)村上藩主堀直定が没し、家臣団は堀家取潰しとともに離散。家臣団のうち村上町奉行の赤沢八郎右衛門常知と子玄量常門は村松藩堀家に召抱えられて当村に移り住み、車池くるまいけ二町一反余・本久ほんきゆう新田二町二反余・高田たかだ新田五町一反余を開発。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む