中野橋村(読み)なかのはしむら

日本歴史地名大系 「中野橋村」の解説

中野橋村
なかのはしむら

[現在地名]村松町中野橋

青橋(あおはし)村の北に続く能代(のうだい)川筋の村。西は牧(まき)川対岸の刈羽(かりは)村、北は笹野町(ささのまち)村・長橋(ながはし)村。口碑によると寛永一九年(一六四二)村上藩主堀直定が没し、家臣団は堀家取潰しとともに離散。家臣団のうち村上町奉行の赤沢八郎右衛門常知と子玄量常門は村松藩堀家に召抱えられて当村に移り住み、車池(くるまいけ)二町一反余・本久(ほんきゆう)新田二町二反余・高田(たかだ)新田五町一反余を開発。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む