中野道村(読み)なかのみちむら

日本歴史地名大系 「中野道村」の解説

中野道村
なかのみちむら

[現在地名]黒部市中野道

北は牧野新まきのしん村、南は前沢まえざわ村。通称牧野。寛永一六年(一六三九)富山藩領、万治三年(一六六〇)から加賀藩領。正保郷帳では高一三一石余、田方八町六反余・畑方一反余、新田高四〇五石余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印では草高一八三石、免四ツ五歩、小物成は山役七匁・野役七匁(三箇国高物成帳)。享保一八年(一七三三)の家数六、うち頭振一(「新川郡村廻帳」川合家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む