丸亀藩網干陣屋跡(読み)まるがめはんあぼしじんやあと

日本歴史地名大系 「丸亀藩網干陣屋跡」の解説

丸亀藩網干陣屋跡
まるがめはんあぼしじんやあと

[現在地名]姫路市網干区興浜

揖保川に架かる網干大橋東詰を南へ約三〇〇メートルの所にある讃岐丸亀藩京極氏の陣屋跡。興浜(おきはま)陣屋ともよばれた。京極氏は寛永一四年(一六三七)龍野に封じられたが、明暦四年(一六五八)京極高和の代に丸亀(現香川県丸亀市)に転封となった。このとき揖東(いつとう)・揖西(いつさい)両郡内二八ヵ村・高一万石が飛地領として継承された(「京極家譜」京極家文書など)。寛文四年(一六六四)の丸亀藩領郡村高辻帳(香川県瀬戸内海歴史民俗資料館蔵)によると、揖東郡は横浜奥浜(よこはまおくはま)村など七ヵ村・三千七七一石余、揖西郡は上余部(かみあまるべ)村など二一ヵ村・六千二二八石余であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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