丸田神社(読み)まるたじんじや

日本歴史地名大系 「丸田神社」の解説

丸田神社
まるたじんじや

[現在地名]久美浜町字関

関(せき)と三分(さんぶ)の間、兜(かぶと)山(熊野権現山)を背にした丸田山の山頂にある。祭神宇気母智命。

山の麓に深田(ふかた)という地名があり、当社に深田部(ふかたべ)祭が残っていたところから、古くは深田部神社と称していたという説もある。

「丹哥府志」は関村の端郷「左内村」の項で深田部神社について

<資料は省略されています>

と記し、「延喜式」神名帳に記される竹野郡「深田部(フカタヘノ)神社」に比定している。また当社を、同神名帳記載の熊野郡丸田神社に比定する説もある。

当地の丸田家系図によると、天正一〇年(一五八二)白井重宣が、与謝郡丸田山城(跡地は現宮津市)落城ののち熊野郡関村に逃れ、丸田山城にあった丸田明神を同所に勧請した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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