丸野第二遺跡(読み)まるのだいにいせき

日本歴史地名大系 「丸野第二遺跡」の解説

丸野第二遺跡
まるのだいにいせき

[現在地名]田野町 赤松乙

田野町の市街地が形成されている小盆地の北西端、南方向に延びる台地上に立地する。昭和六一年(一九八六)・同六二年の発掘調査により縄文時代後期の竪穴住居跡二六基が検出され、指宿式・市来式などの土器群、磨製石斧・石錘・石刀などの各種石器が出土。竪穴住居跡の切合いによる時期の前後関係をもとにしてその変遷をみると、ある時期まで平面形が方形を呈していたものが、縄文後期のいずれかの段階で円形を呈するものが主体となっていく。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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