丹前勝山(読み)たんぜんかつやま

日本大百科全書(ニッポニカ) 「丹前勝山」の意味・わかりやすい解説

丹前勝山
たんぜんかつやま

江戸で有名な遊女正保(しょうほう)3年(1646)~明暦(めいれき)2年(1656)在籍と伝える。勝山を名のる他の遊女と区別するため丹前勝山という。丹前とは、堀丹後守(たんごのかみ)の屋敷前にあったので丹前風呂(ぶろ)とよばれた風呂屋の湯女(ゆな)としての前歴による命名である。湯女のときから人気が高く、吉原に移籍して太夫(たゆう)の第一人者となった。裏付きの袴(はかま)に木刀をさした外出姿の歩き方は丹前風といわれて流行し、白元結(もっとい)に片髷(まげ)の伊達(だて)結びは勝山髷とよばれて後世に名を残した。

[原島陽一]

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