久々江村(読み)くぐえむら

日本歴史地名大系 「久々江村」の解説

久々江村
くぐえむら

[現在地名]新湊市片口久々江(かたぐちくぐえ)

放生津(ほうじようづ)潟の南東に位置。西を下条(げじよう)川が流れる。西は高場新(たかばしん)村。久々江野の開拓は古く、中世からの村落と考えられている。承応四年(一六五五)の大洪水で村が全壊、流失した。のち南方に上久々江の集落ができた。もとの古村の地を下久々江という。正保郷帳では高七八八石余、田方五〇町五反余・畑方二町、新田高一七五石。寛文一〇年(一六七〇)の村御印の草高一千二二四石、免四ツ、小物成は野役三六三匁(ほか五四四匁退転)、川役一〇匁、猟船櫂役四七匁(ほか二〇目退転)・網役六匁(出来)であった(三箇国高物成帳)。安永七年(一七七八)の高一千二四三石、百姓三五・頭振四〇(「村鑑帳」大久保家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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