久場崎収容所跡(読み)くばざきしゆうようじよあと

日本歴史地名大系 「久場崎収容所跡」の解説

久場崎収容所跡
くばざきしゆうようじよあと

[現在地名]中城村久場

国道三二九号の西側道路沿い、北中城きたなかぐすく村と中城村の境界付近の久場崎くばざきに一九四六年(昭和二一年)七月から一二月まであった米軍の引揚民収容所。第二次世界大戦後、海外や県外に在住していた沖縄県人は本国へ送り返されたが、沖縄において引揚者の中心的な受入港として機能したのが中城なかぐすく湾の久場崎桟橋であった。同所は米軍側からはブラウン・ビーチとも称された。なお米軍による土地接収のため久場の住民は現国道三二九号の東側にあった集落を同道西側の現集落地へ移動している。引揚者は帰村手続が完了するまで、一時的に当収容所とインヌミ収容所(現沖縄市)に収容された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む