久米御県神社(読み)くめのみあがたじんじや

日本歴史地名大系 「久米御県神社」の解説

久米御県神社
くめのみあがたじんじや

[現在地名]橿原市久米町小字宮田

久米寺に南隣して鎮座祭神高皇産霊たかみむすび神・大来目おおくめ命・あめのくしね命。近世には天神社あるいは久米宮くめのみやと称したが(境内灯籠銘)、「大和志」以来、「延喜式」神名帳高市たかいち郡の「久米御県神社三座」にあてられ、社名も変更された。旧村社。御県神は皇室御料に鎮座し、「延喜式」祈年祭祝詞には大和六御県神の名がみえるが、久米御県は含まれない。久米御県が設置された時期は明らかでないが、垂仁天皇二七年には来目邑に屯倉を興しており(日本書紀)、久米御県神社もかなり早期に鎮祭されていたとみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む